[調査地区]宇都宮市田下町725-2他。通称灯籠先(とうろうさき)付近。
[調査原因]林道東多気城の建設。
[調査面積]約500㎡。多気城跡の総面積1,300,000㎡。
[調査期間]平成3年10月~12月
[確認 ]堀(幅8m 深さ6mの薬研掘[やげんぼり])
土塀(幅6m 高さ3mで内側に三段の石積)
柱穴(径30m 深さ60㎝。出入口の門に関連したものか)
多気城は標高377mの多気山全体を城郭とした関東地方を代表する大規模な山城です。
しかし、この多気城がいつ築かれ、どのような沿革を持った城であるかなどはよくわかっていません。
そこで、推測を含めて多気城の築かれた経緯を、時代背景を踏まえて少し記してみます。
その築城は、記録によると天正4年(1576)の2月3日から25日までと読み取れる文章がありますが、こんなに短期間にできるわけがなくそのままでは信用できません。
しかし、この年までに徐々に多気城を堅固な山城として拡大しつつ築いてきた宇都宮市が、23日間に家臣団や周辺の農民などを集めて、総力をあげこの城を完成したと解することはできます。
この観点で多気城を見ますと、次のことが言えると思います。